インドネシア報告(9) ついに巨木が見つかった 2008/12/10

 ハサヌディンさんの家の内陸部に広がる森を歩いて、直径1.3~1.5mのウルという木は見つかったが、板を足さずに丸木舟を造るにはやや小さい。そのうえ、運び出すのに難しい山の上にある。そこで目を付けたのが、前に舟底部を造るときに切ろうかと迷ったティプールだ。周囲に大木はなく、どっしりとした風格のある木だ。むしろ「こんな巨木を切ってもいいのだろうか」と気後れするような木だ。しかし切っても使えるだろうかという危惧もあった。基部は直径2mはあるものの、4~5mの高さで三つに分かれている。3本の木が融合して1本になったようにも見える。それでもそのうちの1本は太かった。しかし太い部分は7~8mしかない。舟底部を造るときは10mの長さが必要なので、その時はあきらめることにした。

 しかし、完全な丸木舟であれば10mは必要なく、最低7mまたは8mあればいい。そのくらいの長さならとれるような気がした。ムハジールに行くと早速御神木を見に行った。思ったほど太くはなかったが直径1.5m前後はあった。すぐにオーナーに譲ってもらえないかと交渉した。しかし残念なことに直前に合板メーカーに売ってしまったと言う。また大木探しは振り出しに戻ってしまった。

 思いもかけないところで、大木が見つかりそうになった。ムハジールでの私たちの居候先のイルワンが大きな木を知っていると言う。期待をもって、「じゃあ、一緒に見に行こう」と言ったが、イルワンはとりあえず自分1人で行って確認してくると言う。期待してイルワンの帰りを待った。イルワンが帰って来た。彼は蔓で彼が見つけた木の周囲を計ってきた。ところが周囲3m余りしかない。ということは直径1mに満たないということだ。がっかりして「やっぱり直径2m近い大木なんて今の時代にはないのかなあ」とぶつぶつ言っていると、イルワンが「いやまた別の大木を明日探しに行こう」と言う。それほど期待できないが、もう一度探してみることにした。

[ 大木が見つかった ]

 私とリドゥワンは残り、他のメンバーは世話になっている家の主人、イルワンと一緒に、彼の知っている大木を見に行った。私とリドゥワンは厄介な問題を対処しなければならなかった。舟大工の棟梁のハプディンさんが「ハサヌディンとは一緒に仕事をしたくない。支払いが少ないし、人間的にも好きじゃない」と言う。ハプディンさんなしでは仕事が進まない。その技量には舌を巻く。なおかつ鋸を使わずに板を作ってくれることになっている。

 一方ハサヌディンさんはこの界隈では親分的な存在だ。材木商として会社を作り、幅広く木材を扱っている。舟大工たちも彼に嫌われたら仕事が貰えない。前回かなり棟梁たちからピンハネをしていることも知っている。また配下の労働者を低賃金で働かせていることも知っている。しかし受けた仕事はきっちりとする。

 10年以上たゆまぬ努力をしてやっと一人前の舟大工になる。舟造りは素人の私たちだけでは到底できない。熟練した舟大工の協力が必要だ。ところがハプディンさんはハサヌディンさんと一緒に仕事をしたくない。ハサヌディンさん抜きでカヌー造りの協力をしたいと聞いていた。

 若いクルーが偵察に行っている間にハプディンさんと、同じ島に住む舟大工のハリスさんが一人の若者を連れて現れた。イルワンが言っていたように「あなたたち日本人の協力はしたいが、ハサヌディンとは一緒に仕事をしたくない」と言う。

 思ったより早く偵察隊が戻って来た。ここから30分ほど歩いたところで、イルワンが大木を指し示した。なんと周囲600cmある。直径2m近い巨木だ。オーナーはイルワンの知り合いだという。譲ってくれないか聞いてもらうことにした。ところがオーナーは家を作る素材として使いたいので譲れないという。しかしそのオーナーは「その近くに同じ種類の同じ太さの木があるから、そのオーナーから譲ってもらいなよ」と言う。早速その巨木を見に行った。

 国道から直角に、ムハジール川沿いに自動車やバイクの通れる道が続いている。30分ほど行くと、その道から全身を着生植物の葉で覆われた大木が見えた。高さは50mはあるだろう。周囲の木々の中で一際高い。森の中に入って近寄っていった。カカオやバナナがところどころに植えられた二次林だ。雨がたくさん降って、水たまり、ぬかるみが多い。5分も歩くと大木の前に出た。まだこんな木が残っていたのかと思うほどに巨大だ。地面からてっぺんまで見事に様々な種類の葉で覆われている。板根も発達しているが、巨木にしては小さい。板根の上部の高さで周囲の長さを図ろうとしたが、着生植物をその高さの部分だけでも切ってきれいにしなければならない。思ったより厚く覆っている。ナタでそれらを切り取っていると、奥で作業をしていたオーナーがやって来て、手伝ってくれた。この木は譲ってくれるという。木と着生植物の間に土がべっとりとくっついている。この古い木は幹の表面でたくさんの着生植物を育ててきたのだろう。長い間に幹に腐葉土が出来てしまった。付きまとう着生植物を育てながらもまっすぐと太く育って来た。周囲の太さは6m20cmあった。直径2mあることになる。舟大工のカマ・ダルマさんは「いい木だ。1m以上の高さの丸木舟が造れる」と満足げだ。上部が急に細くなっているのが心配だ。しかし全長8.5mのカヌーを考えているので、心配無用かもしれない。

[ ビヌワン伐採 ]

 朝食に紅茶と揚げバナナを食べて、午前8時30分にビヌワンの伐採に向かった。周囲から丸太と蔓草を集めて、伐採のための櫓を作り始めた。板根はそれほど大きくないので、高さ3mほどの所で切れそうだ。倒す方角を決める。周囲は二次林で、その間にバナナ、カカオが栽培されていた。

 櫓が完成すると、前にティプールを伐った時と同じ様にバナナ、ご飯にゆで卵を供えて、祈った。本来はアニミズムで山の神、森の神に祈る。しかしイスラム教徒になった彼らは、手を広げ、手を合わせるイスラム式の形をとる。

 その後、棟梁のハプディンさんは1人で木に向かい、手を当てて、木に話しかけた。「私は人間です。あなたは木の精霊です。今木を切らしてください。そのためにあなたは別の木に移ってもらえませんか。そしていい舟ができること、その舟が安全な航海ができる様にしてください」と話しかけた。その後、軽く斧で木片を切り取った。こんな大木は昔はたくさんあったが、今は滅多にない。巨木を伐るのは久しぶりだと言う。

 まずびっしりと大木を覆っている着生植物を剥がさなければ木は切れない。ナタでそれらを切っていく。厚さ50~60cmある。それも多様な着生植物が全身を覆っていて、神々しい。まるでもののけ姫の世界に生えているような木だ。

 倒す方向を決めると、倒す側にまず切り込みを入れていき、暫くしてから反対側のやや高い位置を切っていく。私たちを入れて作業員は9名。私も大川さんの作ってくれた重さ3kgのまさかりを振るった。土地の人たちは1kgに満たない軽い小さな斧を使う。ここで舟を作るために使う素材は軟らかいので、小さい斧で十分なのだ。

 午前10時16分に最初の一撃をハプディンさんが入れた。二つの方向から切っていく。切り込みはどんどん深くなり、職人たちは午後2時頃に倒れるだろうと言っていたが、午後1時にミシミシッという音がし始めた。ゆっくりと傾き始めて、倒れた方向に飛んで行った。木の分厚いクッションがあるために、森の中に静かに沈んでいった。切り株を計測してみると、180cm×170cmあった。大きな丸木舟が作れそうだ。

 午後にアジスさんがゴロンタールからやって来たので、夜はカヌーの形、大きさ、帆の形に着いて話し合った。決まったことは長さ8.5m、高さは先頭部は160cm、中央部は110cmとすんなり決まったが、幅でアジスとカマ・ダルマのあいだでは意見が食い違った。110cmと、それは広すぎるので80~90cmでいいという意見だ。明日ハプディンさんが木の大きさに合わせて決めてくれるだろう。

 帆に関してはカマ・ダルマの言っていることがよく理解できない。波に強く、扱いやすく、スピードも出るのは逆三角帆だと言う。そしてこの逆三角帆も四角帆も風に向かって進んでいくことができると言う。彼の評価では一番機能的によくないのはサンデックタイプの帆だという。今までの常識では考えられない意見を言う。逆三角帆は今でもルアオールでは使われているという。

 上陸時にスムースに行くように舟底に丸みを付ける。舟首はサンデックやパクールと違って垂直にする。リブは新しく着けるのではなく、5cmの厚さで切り倒したところで刳りぬく。それをルアオールで薄くする時にリブの部分は残すことにした。

 ふたつのカヌーともにマストの位置はサンデックよりやや後方、パクールと同じ位置にした。

[ 丸木舟造り ]

 もうこれで順調にいくと思っていたら、頭の中が真っ白になるような事実が分かった。下部から8.5mの所に割を入れてみると、穴があいていることが分かった。大きな穴が上下に伸びている。大きな穴なので、通常中間部にある穴は下部まで続いているという。上部も結構太い。高さ80cmほどの丸木舟なら造れそうだ。しかしそれでは板を継ぎ足さなければならない。もう1本同じ太さの木があるが、オーナーは家を作るために使いたいので、売りたくないと言っている。交渉すれば譲ってくれそうな気がするが、時間がかかるだろう。

 穴の中を調べてみると、下部は1mほどで止まっている。しかし舟大工たちは「いや、中間部に穴があれば下の根に近い部分も穴があいているよ」という。しかし試してみたい。カヌーは8.5mにしたいと思っていたが、7mでもいい。そこで7mのところに穴がないか調べることにした。そこに割を入れていった。中央部が黒く湿っているので心配したが、乾燥させれば問題ないという。結局7mのカヌーを作ることで、合意した。

 決まってしまえば作業は早い。上部を1mごとに20cmほどの割を入れていく。木が大きいので、サイドに丸太と竹で台を作った。やはりハフディンさんの斧降りは正確だ。正確に自分が決めた所にバスンと刃が食い込み、木片を削っていく。今回は人数が多い。日本人4人。アジス、ハサヌディン。カンブノン島の4人とハサヌディン配下の3人。13人だ。それらが交代しながら斧をふるう。強い日差しがじりじりと差し込んだと思うと、スコールが来る。照っても降っても作業は変わらない。根元の先端部はそり上がり、午後5時に上部は削り取り終わった。

 上部を削り取ったので、舟体のおおよその大きさを計算した。長さは7m、幅は115cmとれる。5cmの厚さでボディを荒デザインしておけば、ルアオールで修正・整備してくれる。高さはまだ分からない。希望としては、舟首部は1.6m、中央部は1.2mあればいい。巨体なので、舟体が深く沈んでいて、まだ高さは分らない。

 今日は側面を削る作業だ。作業を始める前に約束事があった。「荒削りの所は日本チームにやってもらいたいが、微妙な箇所の作業は私たちに任せてほしい」とハフディンさんに言われた。微妙な箇所は私たちでは手出しが出来ないことは分っている。熟練した舟大工だけができる。作業の後半になるほど、私たちの手出しのできる作業は少なくなる。

 舟首部を除いてカヌーのようになって来た。特に後ろから見ると、穴を刳り抜けばこのまま海に出られそうな印象を受ける。作業はまるで大木の中に埋まっていたカヌーを丁寧に掘り出していくようだ。考古学の発掘作業に似ている。しかし実際にはそうではなく、木の大きさ、種類、形などを見て、ハフディンさんの頭の中にできた設計図に従って形を作り上げているのだ。短くて太い今まで見たことのないような丸木舟ができそうだ。