縄文号、パクール号と共に石垣島に着いてから9カ月以上過ぎた。・2012/4/1

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 縄文号、パクール号と共に石垣島に着いてから9カ月以上過ぎた。テレビの放映も終わり、写真集「海のグレートジャーニー」もできた。後は4年間の記録を文章で表わしていきたいのだが、雑用が多くて進まない。当面は子供向けの本を作る予定だ。

 4700kmの航海は最初1年間、正確に言うと4カ月で終える予定だったが、3年がかりになってしまった。それでもよく日本まで走り抜けたものだと思う。どの港、村に寄っても「エンジンもつけずにインドネシアからここまで来たの?」と驚いていた。近代ヨットは180度回転、つまり逆さになっても復元するが、われわれのカヌーはアウトリガーによって安定を保っていたが、45度傾いたらひっくり返っていただろう。カヌーも乗員もよく持ちこたえてくれた。

 フィリピンに入ってからは航海できる期間が限られていた。9月から翌年の4月までは北風つまり逆風なので進めない。5~8月が航行可能な期間だが、7~8月は台風が頻発する。5~6月だけがベストシーズンなのだ。つまり待ち時間が多い。その時間を利用して、カヌーの保管、チェックに行ったり、マンダール人クルーのところに行ったが、一番時間を費やしたのは漂海民バジョとの交流だ。

 写真はバジョの少年ムスターファだ。世話になったビガガの長男だが、学校には行っていない。国籍がないので入れない。今は入りたいとも思っていない。しかし海が彼に多くのことを教えてくれる。海の知識は生態学者顔負けだ。持っている大きなシャコも穴に潜んでいるところをその性格をうまく利用して罠で獲る。

 魚取り、エビ、カニ、ナマコ、海の採取そして薪集め、家でもある船の水抜きと休む間がない。しかし食べ物を探し、獲っている時は楽しそうだ。それは自分の知識、技術、想像力を全開にしての遊びでもあるからだろう。私も彼と行動している時が多かった。彼は大人に媚びたところが全くない。並んでいる2人の写真の右側がムスターファだが、その毅然さをみて欲しい。海から誕生した少年のようにも見えた。

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