インドネシア中央部、セレウェシ島の村々を探訪した。氷河時代、現在のイ ンドシナ、マレーシア、インドネシアが一つになって形成していたスンダラン ドから、黒潮を北上して日本列島にやって来た人類がいたということを実証す るための航海のリサーチをするためだ。今までインドネシアから日本までイン ドネシアの木造船で航海した例は三つある。青森の博物館がインドネシアで建 造した構造船、ボロブドゥールの仏塔の壁面に描かれた船のレリーフを再現し た構造船、そして山本良行氏によるダブルアウトリガー・カヌーによる航海の 三例だ。いずれもエンジンを装備し、駆動して航海が行われた。  

今回はダブルアウトリガー・カヌー(両サイドにフロートをつけたカヌー) を使い、エンジンは搭載せず、風の力(帆走)と人力(パドリング)だけで行 う史上初の航海になる。  2万7千の島々のあるインドネシアの中でスラウェシ島を選んだのは、船の 博物館といわれるほどに様々な民族が多様な構造をもった船を作っているから だ。

今回の探訪の目的は
1.どのようなカヌーを作るか。
2.どこで作るか。 を決めるために幅広く各地域、各民族のカヌーを見て回るためだ。

移動はチンタラウト号という52トン、長さ26m、200馬力のエンジンを搭載し た帆走船だ。愛媛大学の遅澤克也氏の計らいで貸してもらい、なおかつ遅澤氏 に同行していただいた。南スラウェシのマカッサル沖のスペルモンデ諸島、大 型構造船を作っているビラ、タナベル、セラヤール島南端のバフルワン島、マ ンダール人のエリア。北スラウェシではゴロンタル、サンギール、バジョ(パ ジャウ)を見てきた。  

日本まで帆走して行くカヌーを作るためにモデルとなるカヌーを探したのだ が、ほとんどがエンジンを搭載して走っていて、帆をつけて走っている大型船 はもちろん、小型のカヌーも極めて稀だった。  

唯一の例外がマンダール人の住むタンガタンガで見たサンデックだ。長さ10 メートル前後のものから、1〜2人乗りのものまで、浜辺に並んでいた。マン ダール人は漁民だが、実際に漁のために使う大きいものは一艇だけだった。1 〜2人乗りの小さいものは漁に使われていた。

大きいものはレース用で、ホルストというドイツ人がマンダール人の優れた カヌー作り、帆走術を保存していこうと独立記念日に合わせてマジェネからマ カッサルまで180キロ5日間にわたる帆走レースを始めた。そのレースがなけれ ば廃れてしまう運命にあったろうと言われている。

しかしサンデックというダブルアウトリガー・カヌーはそれほど伝統的なカ ヌーではなく、スピードに特化したカヌーだ。船体が細く、特に前方は高く反 り上がっていて、水を切って走る。船体の長さに比して帆が大きい。遅澤氏は 「30ノット出ますよ、カヌーのF1ですね」と言う。デッキは板で覆っていて 、カヌーに海水が入り込むことはない。潜水艦のようなカヌーとも言える。  一日乗船させてもらったが、確かにスピードは出るし、安定感もある。舵を 操作させてもらったが、固い。慣れているマンダール人は簡単そうに操作して いるが、身体全体を使ってようやく固定させることができる。  

このサンデックは新しいタイプのカヌーだが、その前の型として、Pakurとい う型があり、その前にOlanmesaという古い型のカヌーを使っていたという。先 端がサンデックほど反り上がっていなくて、短くてずん胴だ。デッキも全面カ バーしているのではなく、中央部は開いている。スピードはでない。日本まで の航海はスピードは必要なく、安定性と長距離航海ができるカヌーが必要なの でわれわれの目的に適しているかもしれない。

しかし、もう一つわれわれの航海に適したアウトリガー・カヌーが見つかっ た。サンギール諸島を中心にスラウェシ島北部、フィリピンに住んでいるサン ギール人が使っていたものだ。彼らの古い型のLondeというカヌーは先端のそり 上がりが二重になっている長さおよそ7mのダグアウト・カヌー(丸木舟)で 、漁師がその先端に座ったり、抱え込んだりして、銛や漁網を操作した。Londe は台湾の舟とも似ていて、インドネシア、フィリピン、台湾のつながりも見え て今回の航海には最適だ。北スラウェシの北海岸にLondeがあるというので、そ れを探しに行った。しかし、Londeの新しい型のPelangという船に近いものはあ ったが、Londeは見られなかった。Pelangもどきのカヌーもすべてエンジンを使 って動くものだ。

インドネシアは産油国で石油が外貨獲得の半分を占めている。ガソリンがあ ればカヌーをエンジンで走らせた方が風任せの帆走船より便利だ。天候さえよ ければ、目的地に確実に時間を計算して行ける。エンジンも小型で燃料をそれ ほど消費しないものが入っている。漁師たちは帆を捨て、エンジンを選択した のも分かるような気がする。  まだ日本に向かうカヌーの決定打はないが、Olanmesaを基本にして考えよう と思う。  インドネシア人の同行者も見つかった。Ridwanという29歳のマンダール人で 、タンガタンガに住んでいる。大学は中退したが、ジャーナリストとして活躍 してしていて、既に二冊の海、船に関する優れた本を出していて、スラウエシ の若者たちのヒーローだという。写真も撮れるし、ビデオも撮影できる。人柄 も優しく温厚だ。フットワークもよい。彼に他の二人のインドネシア人スタッ フの人選も任せた。「カヌーも若いマンダール人の船大工に造らせたい」と言 う。  

問題はどこで造船するかだ。候補地としてタンガタンガ、ビラ、バフルワン 島、またはマナードのアレックスさんの造船所。アレックスさんはサンギール 舟の研究で修士になり、長崎大学に留学して沖縄のサバニ舟の研究で博士にな った船の専門家で、現在、マナード大学の教授だ。マナードの近くに造船所を 持っている。「ここで日本に渡るカヌーを作ってもいいよ。協力するよ」と流 暢な日本語で言ってくれた。造船所で造ることのメリットは、大きな木が獲得 できることだ。うまくいけばダグアウト(刳りぬき)のカヌーを造れる可能性 もある。スラウェシ島では北部以外の場所は大きな木材の獲得が困難だ。しか し南部スラウエシ、マンダール人のカヌーを基にした船を作るのにマンダール 人の土地以外で作るにはいくつかの問題が残っている。マンダール人にとって カヌーは人体に例えられていて、カヌーの各部の名称も人体の各部になぞらえ ている。船は命であり、その素材である木のある森には精霊が住んでいる。木 を切るにはその精霊の許しを請わなければならない。マンダール人とカヌーと 森、海との関係を知るためにはマンダール人の土地でカヌーを作るのがいいと 思う。しかし大きな木がないというジレンマがある。解決にはしばらく時間が かかりそうだ。