インドネシア報告(3) 舟の用材の伐採 2008/9/2

 ホームスティしているイルワンさんの奥さんがもち米を炊いてくれた。それをさらに山盛りに盛って真ん中にゆで卵を置いた。それとバナナをお供え物として、木の精霊に捧げるのだ。

 朝食時に炊いたもち米を少し食べた。少し赤っぽいもち米で、赤飯に似ていた。供物を持って、伐採する木のあるところに向かった。

 既に5人の舟大工たちが待っていた。船底部を作るために、木を伐採し、丸木舟に刳りぬく大工だ。その後舟を完成させる舟大工が引き継ぎ、船底部に板を積み上げて、運航可能な舟を完成させる。

 舟大工たちが木の前で弧になって座った。その前にもち米とバナナが置かれている。両手を挙げて、目をつぶった。舟大工の親方ハプディンさんがブツブツ言っていた。「木を切らしてください。いい舟ができますように。皆が健康で航海ができますように。舟作りも航海も事故なく、安全に進みますように」と祈る。

 ティプールは大きく板根が張り出ていた。熱帯林の大木は板根が張っているものが多い。表土が浅いので、深く根を張れない。周囲に根を張り出すと共に、地上にも大きな山の周囲に張り出した尾根のように板根が張り出して、大木を支えている。

 板根のついている部分は舟造りには使えない。そのため最初はやぐらを組んで、それを土台にして伐採すると言っていた。しかし結局は人の胸の高さで切っていくことになった。私たちも参加して斧を振るった。砂鉄から作り上げた斧を使ってみた。たくさんの人たちの協力でできた斧ゆえに神妙な気分で振るった。やっとここまでこぎ着けたという喜びをジーンと感じた。しかし3kgの金太郎の持っているまさかりのような斧は少し重たかった。斧はどんな材質、太さの木を切るかで形も重量も違ってくるようだ。ティプールその他の南洋材には1kgかそれ以下の重さの斧の方が使いやすいようだ。私たちの作った斧を見た時、舟大工たちは、今まで見てきた斧と比べて大きいので、驚いていたが、鋭利な刃先にも感心していた。休み休み切っていった。のんびりとしている舟大工たちだが、木を切る時の集中力はたいしたものだ。切り始めて3時間半、地響きをたてて木は倒れた。

 午前中は伐採をして、昼食と水浴びをするために宿舎に戻った。午後になると、毎日雨が降った。9月から雨期が始まる。その前兆が始まったようだ。湿度が高いので、じっとしているだけでも、日本の夏のようにとめどもなく汗が出てくる。ましてや斧を振るうと汗が噴き出てきて、Tシャツもパンツもびしょびしょになる。喉も渇く。この季節、この蒸し暑さの中ではラマダンの断食月には作業は難しいなと思った。

午後2時過ぎに木を切った現場に戻った。上面を削る作業と、カヌーを造る部分10mを切り離す作業から始める。下部の板根の張っていた部分はもちろんのこと、その近くも板根が入り込んでいて使えない。地上部から5mほど離れた所から10m測った。まずは船首となる根元の部分に割を入れ始める。するととんでもないことが分かった。20cmほど割を入れてみると、中が空洞になっている。さらに深く割を入れて棒を差し込んでみた。覗くと真っ黒の空洞は大きく、カヌーにするには無理なことが分かった。別の木でカヌーを造らなければならない。板にするために10mほど離れたところで見つけた、まっすぐに成長しているティプールの寸法を測ってみた。周囲235cm、直径およそ75cmでカヌーにするには細い。板材には使えるが、カヌー材としては別の木を探さなければならない。

 この周囲にはまだ数本ティプールが残っているというので、適材を探すことにした。周囲の森の中を歩いて探した。切り倒したティプールよりはるかに大きなものが見つかった。切るのが憚れるような大きな木だ。菩提樹のように、どっしりとしている。しかし舟大工たちはカヌーには向かないと言い出した。四本の木が下部でくっ付いているのだが、そのうちの一本は太く、直径1m近くある。ところが融合部は複雑な形をしていてカヌーには使えない。かなり上部から材料をとろうとすると6mほどしか取れないことが分かって、意気消沈してしまった。

 どうしたらいいものかと、がっかりしたがすぐ近くにもう一本太いティプールがあるという。早速見に行った。やや扁平な形をしている。しかし太さは、周囲260cmある。直径は85cm近い。明日、この木を切ることに決定した。土台を組んで、足場にして最初から基部を船首と決め、そこに割を入れて切ることにした。裏側は水溜りになっている。倒す方向を考えて伐採しなければならない。

 真ん中が朽ちて穴のあいた木を倒した夜に、基本的なことを確認するミニ・ミーティングをした。 自然の中から素材をとって来て、自分たちでカヌーを作るという、私たちの基本コンセプトをインドネシア人に理解してもらうために時間をかけて説明しなければならない。時間をかけたからといってそう簡単には理解してもらえない。

 常にぶつかるのがチェンソーの壁だ。大木を伐採するのにチェンソーを使わないで斧だけで切りたいというと、例外なく「信じられない」という顔をする。最も私たちの行動を理解してくれるだろうと思っていたリドゥワンでさえも「伐採はチェンソーでやり、刳りぬく作業を日本で作って来た斧、ナタ、チョウナでするんでしょう」と確認しに来た。「いや、伐採から自分たちで作った工具を使ってしたいんだ」と言うと、びっくりしていた。しかし、少しずつ私たちの試みを理解してくれるようになった。

 彼が理解してくれても、実際に木の伐採や舟作りを協力してもらう人々に理解してもらうには、彼も相当の努力と忍耐が必要だった。それでも伐採には斧だけでやり遂げるということには納得してくれた。しかし、舟底造りの作業ではチェンソーを使いたいという。その理由は時間を節約できること。その結果としてコストも安く済む。舟底部を薄くできること。そして斧やチョウナだけで作ると途中で木が割れてしまう危険性がある。何よりもラマダンが始まるまでに作業が終了せず、一カ月間舟造りがストップしてしまう。

 リドゥワンも舟大工たちの説得に疲れているようで、チェンソーで刳りぬき作業をしてしまいたいようだ。私は時間がかかることは承知の上だ。しかし安全性については常に考えていかなければならない。基本コンセプトも安全性を強く脅かすようであれば考え直さなければならない。しかしリドゥワンはチェンソーを使わなくても、「簡単に壊れるような舟ができるわけではないですよ。安全性は問題ありません」と断言してくれたので、舟大工たちに、「チェンソーを使わないで舟を刳りぬいてくれ」と説得してもらうことにした。リドゥワンも納得してくれた。しかしリドゥワンは「舟底部に継ぎ足す板造りではチェンソーを使った方がいいよ」と私を説得し始めた。「チェンソーを使うとなると、二枚の板を作るために二本の木を伐採しなければならない」と言う。板づくりについては翌日棟梁のパプディンさんに直接相談してみることにした。

 翌日ハプディンさんも「板づくりをチェンソーを使わないでするとなると、一本の木から一枚の板しかとれない。そのため、二本の木を切らなければならない」とリドゥワンと同じことを言う。それだけ廃材が多くなるということだ。ティプールは貴重な木なので、できるだけ無駄はなくしたい。

 私たちのがっかりしている姿を見て、同情したのか、「ラマダン前は難しいけれど、ラマダンが終わってから、10月ならば、チェンソーを使わずに、のこぎりも使わずに、一本の木から二枚の板を作ってもいいよ。ラマダン前は時間がないからね。仕事が雑になることも心配なんだ。ラマダンが終わってからなら、心にゆとりを持てるので、じっくりと仕事ができるよ。約束してもいいよ」と言う。

 のこぎりの使用に関しても戸惑っていた。今回は日本でのこぎりは作ってきていないからだ。斧で割るか、削るかして、何とか作れると考えていた。日本では室町時代に、大きなのこぎりで大きな板を作っている絵が描かれている。しかし、斧やナタのように、刀鍛冶や野鍛冶に頼んで、手作りでのこぎりを作れるとは考えていなかった。大量生産で工場で作るものと考えていたので、作って来なかった。私たちのカヌー造りを指導してくれるリドゥワンの祖父も、「のこぎりを使わないと、割らずに薄い板を作るのは難しい」と言われて、焦っていた。そのため板づくりにもチェンソーだけでなく、のこぎりも使わないでいいというので、コンセプトを大きく変えることなくカヌー造りを続けられることが見えて来て、揚々たる気分になった。その後ハプディンさんがカヌーの側壁を斧で、まるでかんなで削るように削っていく仕事ぶりを見て、ハプディンさんの協力が得られれば、いいカヌーができるだろうと確信するようになった。ちなみにハプディンさんは年間20~30艇の舟の舟底部を作っているが、沈没した舟は一隻もないという。

 舟大工は5人いるが、本職の舟大工はカンブノン島に住むハプディンさんとハリスさんの2人だけだ。あとは棟梁の指示に従って動く使用人だ。マンダール人の男ならば誰でも舟大工としての手ほどきを受けているので、棟梁の指示に従えば作業はできるという。

 彼らはラテン系ではなく、きわめて勤勉に働く。決まった時間にやって来て、コツコツと仕事を始める。常にくわえタバコで仕事をしているが、集中力を抜くことはないし、ダラダラと休むこともない。きちんと昼休みはとるが、ラテン国のようにシエスタ(昼寝)をすることもない。まるで日本人の職人のようだ。しかし、気難しいことはなく、いつも冗談を言って、ゲラゲラと笑っている。特に下ネタは好きだ。

 二本目の木は簡単な足場を作って、板根の上部、地上からおよそ3mのところで切ることにした。他の太い木に引っ掛からないように切り倒す方向も考える。やや扁平な木で、「自分を舟にしてください」と言いたげな木だ。すらりとまっすぐに伸びている。

 直径15cmほどの丸太を切って来て、蔓でそれらを結び合わせて、高さ2mほどの足場を簡単に作ってしまった。その足場に乗って木を切り倒す側と、それとは反対側に割を入れていった。水平に割を入れた後、上から斜めに切り込むと、深く切り込んでいける。真横から見ると、反対側の割が20cm高いので、二つの割がつながることはない。日本から持って来た斧は「重たくて使いにくい」と言っていたが、切れがいいので常時活躍していた。

 両側から3分の1ほど割を入れたところで、割を倒れる側だけに入れ始めた。それから数分と経たないうちにミシミシッという音がした。「倒れるぞ!」と舟大工たちが叫んだ。はじめはゆっくりと、ぎしぎしっと言う音をたてて倒れ始めた。どしーんと倒れると地面が大きく揺れ、大木が倒れる瞬間に自ら作った風で、葉と粉じんが舞い上がった。彼らの計算した方向に木は倒れた。木の高さを測ると40mあった。