インドネシア報告(2)舟の木を切る 2008/8/20

 明日、二本の大木を切る。ティプールと言われる、舟の素材としては最高級の木だ。直径80cmと90cmの木を切る予定だ。日本で多くの人々の技と時間と労力、情熱をかけて作り上げた工具で切り倒す。白い木肌のすらりとした木だ。

 木を探すのに力添えしてくれたハサヌディンさん(62歳)が子供の頃から見てきた木だという。道端からも目印となっている。明日切る前に儀礼があるという。木には精霊が宿っている。その精霊に炊いたもち米、バナナなどの捧げものをする。そして「切りたいので、あなたの魂を別の所に移動させてください」と祈る。魂は別の若い木に移っていき、初めて切ることができる。

 造船はマジェネの近くで行うことになった。80数歳のおじいさんに指導を頼んだ。リドゥワンの祖父で、船大工だ。リドゥワンはマンダール人の29歳の若者で、ジャーナリスト、写真家だ。数冊の本を出し、不定期にインドネシアの新聞に寄稿している。私たちと同行する3人のインドネシア人クルーのリーダーだ。フットワークもいいし、頭の回転も速い。しかし時間の感覚だけはラテン的だ。

 彼と相談してマンダール人の伝統的なカヌーであるオランメサという型のものを作るつもりだった。博物館だけにあり、現在生きている人で見たことのある人はいない。

 前田次郎がミニチュアを作ったカヌーはアジスさんというゴロンナタール大学の造船のエキスパートに設計してもらったものだ。彼は愛媛大学で学位をとり、今春のスラウェシ調査に同行してくれた。私たちの航海に強い関心と興味を持ってくれ、別れる前の日に夜なべして設計図を書いてくれた。

 実際に舟に乗っている人にミニチュアを見てもらうと様々な欠点が指摘された。シンプルな舟を作ってフィリピン、台湾経由で沖縄まで来るとしたら、どんな舟にするかを、理論的に考えるとどういう型にするかを考えてもらって、作図してもらったものだ。実際に作ってみて、不具合を直していくゆとりはない。リドゥワンはマンダール人なので、彼の民族の文化性の高い乗り物にすることにした。彼はインドネシア人としてのアイディンティティーよりもマンダール人としてのアイディンティティーのほうが強い。隣接して住むマカッサル人、ブギス人は自分たちは舟乗りだが、マンダール人は単なる漁師にすぎないと言われている。そのために自民族に対するアイディンティティーが強いのだろう。

 ラマレラというマッコウクジラを捕っている島に行った時、ベロという古い型の舟に出会った。すでに使ってはいず、模型だけが残っていた。リドゥワンに言わせると、舟の内部構造がマンダールの古い型の舟オランメサと似ているという。帆もヤシの葉で編んで作っている。

 ベロの模型、次郎の作ったアジス氏設計の模型を持って、マカッサル郊外に住んでいるドイツ人研究者フォルスト氏に相談に行った。彼は「オランメサは小さい舟なので、外洋は走れないよ。パクールならばいいけどね」パクールは現在マンダール人の使っているサンデックの前の世代の舟だ。今は一艇も走っていない。浜辺で打ち捨てられているのを見ただけだ。その前の型がオランメサということになる。そのパクールを造り、走ったことのあるのがリドゥワンの祖父だ。

 縄文時代では6000年前の丸木舟が見つかっているが、インドネシアでは太古の舟は見つかっていない。そのために年代はこだわらないことにした。その代りに素材、工具は自分たちで自然からとって来て、自分たちで造るということにこだわることにしたわけだ。

インドネシア、スラウェシ島の小さな村ムハジールにて