インドネシア報告(1) ラマレラのクジラ猟 2008/8/17

 7月中旬からインドネシアに来ている。まずはどこで、どんな舟を作り、フィリピン、台湾経由で日本列島まで来るかを決定しなければならない。航海は来年の4月から8月にかけてと決めているが、それまでにインドネシア人クルーと一緒に帆をつけたカヌーを造る。

 砂鉄集めから始めて、たたら製鉄で作った鉧(けら)を刀鍛冶の河内國平氏と野鍛冶の大川博光氏の協力で完成した真新しい斧、ナタ、ノミ、チョウナを日本から持ってきた。バリ島の税関でそれらの工具のバッグを税関吏に開けられてしまった。「これで舟を造って、日本まで行くんだ」と口走ってしまったら、渡部純一郎に「余計なことは言わない方がいいですよ」と注意されたが、前田次郎が造ろうとするカヌーの20分の1のミニチュアをダンボールケースを開けて組み立てて見せ始めた。税関の役人はニヤニヤして、仲間に「こいつら正気か」と言いたげな顔で声をかけていた。下手するとテロリスト扱いかなと思ったが、呆れて、「もういいから行きな」と言いたげに手振りで送り出された。

 今回はカヌー造りの他に、帆走と、風のない時のためのパドリングのトレーニングをしなければならない。風や潮の読み方も学ばなければならない。天然素材からのロープや帆の制作にも時間を割かなければならない。土地の人々から海で生きるサバイバル技術と文化を学びたい。

 最初にチモールに近いレンバタ島に行った。その島の南西海岸にラマレラという、人口2000人の村がある。バリ島からフローレス島のマウメレまで飛行機で2時間。そこから車で東端のララントゥカまで3時間、ここで一泊して、そこからバイクフェリーでレンバタ島の北西海岸レボレワに上陸。最後にトラックバスと呼ばれるトラックを改造して天井まで乗客と家畜を乗せた乗り物で3時間余り揺られてラマレラに着いた。

 最初の滞在地としてラマレラを選んだ理由はいくつかある。

今でも実際に天然素材の帆を使って舟を動かしている。
四角帆を使ったプレダンと言われる木造船で、世界で唯一マッコウクジラを捕獲している。
彼らの捕鯨は商業的なものではなく、生存猟、この生業なくしては生きていけない猟だ。その肉の半分を自分たちの蛋白源補給のために、半分は他の地域の民との交易品としている。彼らは農業のできない土地に住んでいるので、トウモロコシなどの農産物はクジラ肉と交換しなければならない。
 極北シベリア、アラスカでクジラ猟を見てきた私としては熱帯のクジラ猟に興味があった。また内陸と海岸部、牧民と農民などの助け合いのシステムにも興味があったので、ぜひ行ってみたいと思っていた。できたらこの村で日本に行くカヌーを建造してもいなと考えていた。

 この村の沖合は急に深くなっている。そのためにマッコウクジラの回遊路になっている。5月から9月までが猟期だが、年間40頭以上とれた年もあるが、4頭しか捕れなかった年もある運、不運に左右される不安定な猟だ。今年は5月に12頭、6月に5頭捕れて、それ以来捕れない状態だった。私たちは幸運で9日間の滞在で2回も「バレオ!」(「クジラがでたぞー」という掛け声で、クジラが発見されるとすべての舟、村人に大声で伝えられる)の叫び声があがった。

 一回目の「バレオ」は7月31日、プレダンに乗っている時だった。一斉に出たプレダンの一艇に乗っていたのだが、他のプレダンが発見したという連絡が入った。まだラマレラに着いて4日目、そんなに早くマッコウクジラが見れると思っていなかったので、心の準備が出来ていず、慌てた。そして心が高鳴った。既にマンタ(巨大エイ)猟は見ていた。しかしプレダンに乗っている乗組員の反応も意気込みも、表情も、マンタとクジラとでは大違いだ。険しい表情だが、高揚した顔だ。20頭ほどの群れだ。この時期の群れは子連れが多い。「バレオ」の掛け声のかかった方向に急いで向かう。すでに他のプレダンがクジラに接近していた。プレダン特有の、先端に突き出た竹製の台の上に、長い柄のついた銛を持ったラマファー(射手)が黒い塊を凝視していた。

 ラマファーの直後に助手がいて、大きなゼスチャーで舵をもった運転士に進むべき方向を指示している。一艇のプレダンが潮を噴くクジラの背中に向かって思い切りジャンプした。全体重を銛にかけて、クジラの体内にできるだけ奥深くまで銛を突き刺そうとしている。うまく突き刺さったのだろうか。クジラはそのまま潜っていった。この時にクジラの尾びれでプレダンが叩かれ沈没することもある。

 ラマファーは泳いでプレダンに戻った。そのプレダンの乗組員たちが銛につながっていたロープを引っ張っている。銛はクジラの体を射抜いたようだ。疲れを待って、引き寄せ、次の一撃を加えなければならない。クジラたちも動揺しているようで、群れが分散し始めた。銛の刺さったクジラは一発で仕留められるわけではない。深く潜っていき、再び浮上して大きく潮を噴く。疲れを待って、二発、三発とラマファーがジャンプしなければならない。1頭のクジラは一艇に任せて、別のプレダンは散っていった。別れた群れを追いかけて行き、別のプレダンのラマファーがジャンプする。クジラの表皮は厚い。刺さっても抜けてしまうこともある。ゴムタイヤのような表皮を貫くには思いっ切りジャンプして、反動を利用して全体重を銛にかけて突かなければならない。結局この日に捕れたクジラは1頭だけだった。